2014年7月21日月曜日

ガミラス軍の謎 twitterのつぶやきをサルベージ

ガミラスって、作戦参謀が艦長やってるぽかったり、(公式HPによると)幕僚である人間が旗艦艦長だったり、下級部隊の指揮官だったり。地球ほどラインとスタッフが分かれていない。そういえば、シュバリエルの艦長はガンツなのかな?


ガミラス星の上で活動していた時代は海軍は重要でなかったでしょうが、他星系と争うようになると艦隊は必須ゆえ、陸式宇宙軍が外征艦隊を建設したんでしょう。地球のものは艦隊と呼ばれていても、ガミラス語ではニュアンスが違う名称かも知れないですね。 



ドメラーズⅢの装甲防御って、ヤマトの主砲では歯がたたないと思ってたが、有効でしたね。そうか、陸式国家のガミラスは戦車と同じ設計(前面装甲は厚いが側面はやや薄い)にしたんだな?(違 



ガミラスって地球の封建主義と絶対王政、全体主義時代がごっちゃになったような社会なのかしら? あと、ドメルは軍人ではなくやっぱり武将だと思ったり。



ガミラス航空機のネーミング、DWGは262や109が存在して戦闘機らしいが、そうするとDWG229メランカも名称は戦闘攻撃機だけど分類上は戦闘機ということか。 しかし、航空機は型式番号の元ネタは独だけど、唯一雷撃機は97艦攻らしいのは、涙を誘いますね。



ヤマト2199ではバーガー、クライツェ、ゲットーの設定はxx戦隊の指揮官。11話でバーガーは第7戦闘団を指揮。あれ?と思ったが、ガ軍艦隊の編制は陸式。ならば戦隊とは海軍とは別ものだ。3名は旅団長で、旅団「戦闘団」を編成、それをxx戦隊と呼称に違いない!



設定が公開されているガ軍艦艇はほとんど2級xxxなんですね。2等ガミラス人部隊には一線級艦艇は配備しない、という裏設定?それとも人種に関係なく辺境攻略は2級装備の部隊で十分だったから?そもそも、外征部隊は建造費が安い2等、本国艦隊のみ豪華装備?



太陽系攻略作戦指揮官のシュルツは大佐の旅団長ですから、指揮下の部隊も自分の1個旅団+追加の支援部隊。冥王星沖会戦のガ軍艦艇部隊って、旅団編成内の機甲大隊くらいの重みしかないのかもしれません。




ガ軍冥王星前線基地司令シュルツの階級は大佐。2等ガミラス人で編成された空間機甲旅団の旅団長。メ号作戦で地球艦隊が戦ったガ艦隊がその空間機甲旅団を構成する主戦力ということか?艦艇を師団・旅団編成にするのは旧ソビエトや現ロシア海軍型か?

それにしても、メ号作戦に投入されたガミラス艦隊が大佐で旅団長たるシュルツの指揮下にあると仮定すると、いかにガミラス軍が巨大な組織か、よくわかる。
ひとつの恒星系への侵攻を1大佐に任せるとは...

ガミラスが宇宙艦隊を空間機甲旅団などと呼称しているとすると、ガミラスの歴史では独立した海軍は存在しないか、非常に規模が小さかったに違いない。
ドメルは”将軍”だし、宇宙艦隊も機甲旅団。地球の言葉に翻訳すると陸軍と同じ用語が艦隊編成で使われている。





2014年7月20日日曜日

1/144 A-1H スカイレイダー ~空自・南ベトナム派遣航空集団 1968年


タイトル「空自・南ベトナム派遣航空集団 A-1HJ アトム・リーダー 1968年」


1968年1月30日未明から開始されたテト攻勢において、直協任務のためサイゴン・タンソンニャット国際空港を出撃する航空自衛隊 ベトナム派遣航空集団所属のA-1HJ 「アトム・リーダー」機。
この日、タンソンニャット国際空港も共産軍の激しい攻撃にさらされ、一部は空港内へ侵入を許すほどの激戦となったが、同空港駐屯の空自部隊は、その地上戦闘の砲火をついて出撃を強行、メコン・デルタで苦戦する友軍の航空支援を行った。
写真のアトム編隊は、メコン河で苦戦中の海自・河川舟艇部隊を支援したとされる。









【製作メモ】

■佐藤大輔の仮想戦記、「征途」のエピソードを元にしています。

■元キット:F-toys 1/144 A-1Hスカイレイダー VA-115

■設 定
  
  機体ナンバー:62-6254

    6:1966年領収
    2:登録順
    ハイフン
   6:機種区分 偵察機
   254:製造番号

  攻撃機のA-1の機種区分が”6”の偵察機になっている理由は、旧陸軍出身の航空幹部によると「まぁ、99軍偵や98直協機のようなものですから」ということらしい。



■改造箇所

 ・元キットの全面ネイビーブルー塗装をベトナム迷彩に変更
 ・垂直安定板のピトー管を洋白線に交換
 ・主翼の4門の20mm機関砲をアルミ管に交換

 ・尾翼マークや機体番号をミラクルデカールで自作。

 ・下記搭載兵装は、アリイの1/144 エアクラフトウエポン アメリカ爆弾セットより。
   MK.82スネークアイ×8
   BLU-27×1
   LAU-3×2 


A-1H  1/144 スカイレイダー



A-1H  1/144 スカイレイダー


A-1H  1/144 スカイレイダー

A-1H  1/144 スカイレイダー

A-1H  1/144 スカイレイダー

A-1H  1/144 スカイレイダー

A-1H  1/144 スカイレイダー

A-1H  1/144 スカイレイダー




2014年1月14日火曜日

1/144 フィンランド空軍バッファロー B239 「オレンジの4」

1/144 フィンランド空軍バッファロー B239 「オレンジの4」




以前、一機つくりました、F-toysの1/144 バッファローのフィンランド空軍機ですが、もう一機することに。

  前回作は-> 空の真珠 ~ 1/144 ブリュースターB239「バッファロー」

F-toysの”バッファロー”は、英空軍/豪空軍/蘭印空軍と共通になっています。
ところが、実は、英空軍/豪空軍/蘭印空軍が装備したバッファローは B339という輸出型、一方、フィンランド空軍が装備したのはB239というタイプで機体の形状がことなるのです。

以前の作品は、ほぼ完全な素組でしたので、塗装・マーキングこそフィンランド空軍ですが、
機体形状は英空軍/豪空軍/蘭空軍のものでした。
そこで、今度は、機体形状に少し手を加えてそれらしいものにしたいと思います。


ブリュースター B239とは...

そもそも、この機体は、米海軍の要求により1936年にスタートした、次期艦上戦闘機の競争試作でグラマン案(F4F-2)、セバスキー案を破り、米海軍初の低翼単葉/引き込み脚の艦上戦闘機として1938年に採用されたF2A-1が母体です。初期生産型のF2A-166機が発注されましたが、実際は55機しか納入されず、サラトガのVF-3戦隊に10機が配備されただけで、残りの内44機はフィンランドに供与し、自軍用は改良型のF2A-2/-3に生産を切り替えました。
このとき、フィンランドはソビエトとの冬戦争中だったため、F2A-1搭載の米海軍制式装備が撤去され、照準機、エンジン、計器などスペックダウンしたタイプに改造されたモデルが供与されました。このフィンランド輸出仕様機が B239です。

米海軍はF2A-1のエンジンを高出力型に換装したF2A-2、さらに防弾装備を強化したF2A-3に生産を切り替えますが、競争試作でF2Aに敗れたグラマンのF4F-2の改良を米海軍は指示、その結果誕生した、F4F-3が1939年8月に制式採用され「ワイルドキャット」と命名され、F2Aは短命に終わりました。

一方、第二次大戦により航空戦力の急速整備が必要になった英/豪/蘭/ベルギー空軍は、ブリュースターにF2Aシリーズを発注します。これらの国に輸出されたのは、F2A-2/-3がベースの機体で、B339型になります。これらは、高出力な代わりに重量が増加したエンジンを装備したため機首が短くなっています。

参考)
  • XF2A-1:原型機。エンジンはライトR-1820-22(950馬力)。
  • F2A-1:初期生産型。エンジンはライトR-1820-34(940馬力)、11機生産。
  • F2A-2:エンジンは出力を強化したR-1820-40(1,200馬力)に変更、43機生産。
  • F2A-3:防弾装備を強化したが、重量増加のため運動性は低下した。108機生産。
  • B-239:フィンランド空軍が使用した輸出型。44機。スペックはF2A-1準ずるが、エンジンはR-1820-G5(950馬力)、 照準器はドイツのレフィ社製、計器はオランダのフォッカー社製に変更された。機銃は機首にコルトM40 7.62mm機関銃とコルトM53 12.7mm機関銃、主翼にコルトM53 12.7mm機関銃の計4挺だったが、機首のM40は後にM53に変更された。
  • B-339:ベルギーが40機発注した輸出型。ただし受領する前にドイツに占領されたため、イギリス空軍に回された。
  • B-339C:オランダ領東インド陸軍航空隊が使用した輸出型。24機。エンジンはR-1820-G105(1,000馬力) 。
  • B-339D:オランダ領東インド陸軍航空隊が使用した輸出型。48機。エンジンはR-1820-40に変更。
  • B-339E:イギリス空軍が使用した輸出型。170機。エンジンはR-1820-G-105。
  • B-439(B-339-23):オランダ領東インド陸軍航空隊が使用した輸出型。20機。エンジンはR-1820-G205A(1,200馬力)に変更 。



フィンランド空軍 B239 BW-364”オレンジの4”の製作

回、フィンランド空軍のB239「バッファロー」は、当然、第24戦隊(フィンランドが装備したB239は、全機同戦隊に配備された)ですが、機体は BW-364”オレンジの4” エイノ・イルマリ・ユーティライネン准尉機を選びました。ユーティライネン准尉は D-21で2機、B239で34機、Bf-109Gで 58機、合計94機を撃墜したフィンランドのトップ・エースです。
アニメ「ストライク・ウィチーズ」のエイラのモデルと言ったほうが分かるかもしれませんが(^_^;) 



まず、ガイアノーツの「フィンランド空軍カラーセット」で全面再塗装を行ってみました。 胴体の黄帯も位置を前方に修正。方向舵の”オレンジの4”は手書きします。

B239 BW-364 バッファロー




前記のように、B339からB239に改造するため、機首を約1mm延長します。

B239 BW-364 バッファロー


カウリング上面に機銃口カバーが突出しているので、プラ棒で再現。

B239 BW-364 バッファロー


集合排気管を位置を、側面から下部へ変更。0.8mm真鍮管を使用。

B239 BW-364 バッファロー



さぁ、あとは組み立ててマーキング作業です。
ここからが大変でした。
1/144の機体に撃墜マークをどう書き込むか、試行錯誤の結果、塗装は諦めデカールを自作することに。
使用した製品は、ケイトレーディング社の「ミラクルデカール」クリア・タイプです。
あわせて、胴体の機体番号BW-364の”364”部分もデカールにしました。



【完 成】 1/144 BW-364「オレンジの4」 イルマリ・ユーティライネン准尉機

彼は、D-XXI、B-239”ブルーステル”、Me-109G2”メルス”を駆り、437回出撃し、94機を撃墜した、第二次大戦中のフィンランド空軍トップエースで、二度も!マンネルハイム十字章の叙勲を受けました。

このBW-364は飛行第24戦隊第3中隊に所属していた1941年06月から1943年02月に使用した機体で、彼はこの機体で28機のソヴィエト機を撃墜しています。


B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
右前方


B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
左前方より。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
左後方より。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
右後方より。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
右前方より。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
前上方より。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
左側面。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
胴体下面の下方確認用窓のモールドは削り落としています。



B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
以前作った、素組のBW-378(奥)との比較。


B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
以前作った、素組のBW-378(左)との比較。


B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
以前作った、素組のBW-378(手前)との比較。






B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
カウリング上部の機銃カバーの膨らみを追加。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
機首はカウリング後方で約1mm延長しています。

B239 BW-364 ブルーステル バッファロー 1/144
BW-364「オレンジの4」
胴体の機体番号と垂直安定板の撃墜マークは自作デカール。



2013年12月2日月曜日

1/144 キ84甲型 飛行第47戦隊 「桜」隊長 波多野大尉機(昭和20年2月16日)


F-toysの1/144 四式戦闘機「疾風」。今回は、基本的に素組です。

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊
キ84  四式戦闘機「疾風」飛行第47戦隊 「桜」隊(旧第三中隊)長 波多野貞一大尉機



塗装は、飛行第47戦隊 「桜」隊(旧第三中隊)長 波多野貞一大尉機(キ84甲 45号機)です。
波多野大尉は、ほかにキ84 66号機も使用したようですが、昭和20年2月16日の米艦上機迎撃戦には このキ84甲 45号機で参加しています。
なお、波多野大尉は 昭和20年7月28日の空戦で戦死されています。


【四式戦闘機「疾風」[キ84]】 

世界の傑作機 No.19 陸軍4式戦闘機「疾風」P.10より
『戦局が一段と不利になってきた昭和19年の夏、大きな期待を担って登場し、日本陸軍の新主力戦闘機として活躍した4式戦闘機「疾風」は、稼働率などの点では必ずしも好評とは言えなかったが、当時世界最強の戦闘機と言われていたノースアメリカンP-51ムスタングにも勝るとも劣らぬ実力を秘めた世界屈指の高性能戦闘機であり、アメリカ側では、「第二次大戦日本戦闘機のNo.1」と絶賛、零戦より高く評価している。』

最高速度 624Km/h(高度6,500m) 集合式排気管装備の試作機による数値
上昇力   5000m/6'26"
発動機  ハ45-21(離昇1,825馬力)
武装   キ84甲:20mm機関砲(ホ5)×2、12.7mm機関砲(ホ103)×2
      キ84乙:20mm機関砲(ホ5)×4

生産数  約3500機

昭和16年12月29日 陸軍より中島飛行機に試作内示
昭和17年 4月    正式な試作指示
昭和18年 3月    試作1号機完成
昭和18年10月    増加試作機による実験中隊を編成
昭和19年 3月 5日  増加試作機により最初の実戦飛行隊 飛行第22戦隊が編成される
昭和19年 3月末   四式戦闘機として制式採用




【飛行第47戦隊】

飛行第47戦隊の前身は、昭和16年11月に編成された 独立飛行47中隊。
「かわせみ部隊」 「新選組」とも呼ばれたこの部隊は、制式採用前のキ44(後の2式単座戦闘機「鍾馗」) 増加試作機 9機で編成され、即南方に進出し、仏印、マレー、ビルマと転戦した。

昭和17年4月18日のドーリットル空襲をキッカケに、首都防空の強化が図られ、独飛47中隊は同17年4月25日に現地を出発、5月上旬に内地へ帰還。
当初は千葉県松戸飛行場、同年8~9月にかけて柏飛行場へ移り、さらに翌18年3月には調布飛行場へと、目まぐるしく移動した。

さらに、有力防空部隊として期待された同隊は、昭和18年10月3日付で3個飛行中隊からなる飛行第47戦隊(定数54機)に改編され、他の部隊と同居する調布飛行場では手狭なため、またもや、新造された成増飛行場へ移動。

同隊の本土防空戦の初出撃は、成増飛行場から上がった、19年11月1日のB-29(実際は偵察型F-13A)の関東初侵入である。この日、帝都初侵入のB-29を撃墜しようと47戦隊以下第10飛行師団の戦闘機隊は撃墜はおろか、高度1万メートル以上を飛ぶB-29の補足にすら失敗したため、各防空戦隊に空対空特攻隊「震天制空隊」の編成が命令される。
昭和19年11月24日のB-29による東京初空襲時、47戦隊の見田伍長(19歳)が、銚子上空にて最初の体当たりを果たす。これが、帝都防空戦隊最初の特攻攻撃となる。
その後も空対空特攻は続き、2月下旬までに47戦隊では5名が特攻死、3名が撃墜死する。

首都防空に奔走しつつ同戦隊は、19年12月~20年2月にかけて 四式戦「疾風」(キ84) に機種更新。
昭和20年2月16日の米艦上機による日本本土初空襲において、同隊は果敢な迎撃戦を展開、千葉県八街市上空や群馬県館林上空の空戦で敵機18機撃墜という戦果をあげた。

3月以降、B-29の作戦が夜間爆撃に変更されたこともあり、
5月27日、宮崎県都城西飛行場(*1)へ移動し、以後、沖縄方面へ出撃する沖縄作戦の特攻隊・振武隊の掩護任務につく。

6月23日 沖縄陥落


7月18日、戦隊は本土決戦にそなえ、山口県の小月飛行場へ移動。
7月28日、米艦載機の急襲により6機が撃墜される。

終戦直前の8月14日(!)、豊後水道上級で6機のP-38を8機のキ84で迎撃、損失2機でP-38 5機を撃墜する。

同隊の特筆できる点として、他隊では低稼働率が悩みの種だった、キ44、キ84を装備しながら非常に高い稼働率を維持していたことがあげられる。特に、他隊では40%台という低い稼働率になかされたキ84を、定数は常に100%稼働を維持していたという。


(*1)この都城西飛行場は、私の母校 都城西高校の真向かい、現在の陸上自衛隊都城訓練場のあたりに位置していました。
キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊

キ84 四式戦 疾風 1/144 47戦隊











2013年9月23日月曜日

宇宙戦艦ヤマト2199 各ポイント間の航海日数・滞在日数計算してみよう


各ポイント間の航海日数・滞在日数の計算用に 宇宙戦艦ヤマト2199 番組公式サイトの次回予告から、あの有名な「地球滅亡まで、あとxx日」を拾ってみた。




2013年9月15日日曜日

1/144 艦上偵察機「彩雲」を作る 343空 偵4


艦上偵察機「彩雲」11型 343空 偵4(高田少尉機) を作る



先日、ネットで1/144 彩雲を購入。
2005年にバンダイから発売された、ウイングクラブコレクションL2の一品。




有名な偵11のZ旗付きにしようかと思いましたが、39年ぶりにリメイクされたヤマトにハマっていたので、ヤマト2199にちなんだ機体にしました。

2199で登場する女性搭乗員、山本玲三尉の兄、明生が所属していた部隊が343航空団 4偵(第4偵察飛行隊?)という設定です。その時のコールサインが「ソード・スリー」。

ここまで書けばお解りでしょう。
上記設定の元になったのは 第343海軍航空隊(剣部隊) 偵察第4飛行隊(偵4 奇兵隊)です。
343空は、源田実大佐が発案し、自ら司令を勤めました。
部隊は、「紫電」「紫電改」装備の戦闘飛行隊3個(後に4個に増勢)と「彩雲」装備の偵察飛行隊1個で編制され、戦争末期に活躍したことで知られています。


初陣となった、昭和20年3月19日の米海軍による呉空襲では、米艦上機160機に対し紫電7機、紫電改56機で迎撃し、米軍機58機撃墜(戦闘機47、対空砲による戦闘機5、爆撃機4、計57機)という戦果を報じています。
このとき活躍したのが偵4の彩雲(高田満少尉機)です。高田機はこの日、他の2機とともに米艦隊の索敵に出撃、見事に発見します。米艦隊の位置を通報した後、発動機不調により帰還の途についた高田少尉機は、さらに米軍攻撃隊を捕捉、敵情を刻々と通報しますが、ついに戦闘機に補足され空戦、被弾。ついに敵機に突入、自爆し壮烈な最期を遂げました。

戦後、地上で高田機の最期を目撃した人々の手により、墜落現場である高知県高岡郡東津野村に「三魂之塔」という慰霊塔が建立されたそうです。







■製  作

このキットの付属デカールは下記7機。
 762空    762-34 彩雲11型 偵11         

 横須賀空 ヨD-232                 
 121空     21-103 試製彩雲 増加試作型       
 343空    343-05 彩雲11型 偵4          
 752空    752-52 彩雲11型 偵12?偵102?     
        752-13 彩雲11型 偵12?偵102?     
 141空    141-35 彩雲11型 偵3?偵4?偵102?偵12?

今回製作したい高田少尉機の機番、塗装を調べたところ、2013年7月発売のハセガワ1/48中島 C6N1 艦上偵察機 彩雲 `第343航空隊`」に高田少尉機用のデカール、塗装図がありました。
こちらのキットによると 機番343-04のようです。
キット付属のものを切り貼りしてなんとかなりました。

塗装は、彩雲の基本塗装のままですが、スピナーの先端をホワイトに修正しました。


ディテールアップは、
・偵察席と電信席の間に、一式空三号無線帰投方位測定機用の枠型空中線(Ω型のアンテナ) 追加
・電信席に 一式7.9mm旋回機銃を追加


デカールは、キット付属のものと、「アシタのデカール」を一部利用。



■完  成

艦上偵察機「彩雲」11型 343空 偵4(高田少尉機) 昭和20年3月


  高田 満少尉(偵察・機長)
  遠藤 稔上飛曹(操縦)
  影浦 博上飛曹(電信)


彩雲11型を右前方より。離陸のためタキシング中の姿。偵察員は座席に立って誘導をしています。

1/144 彩雲11型 偵4


 彩雲11型を右方より。
1/144 彩雲11型 偵4



彩雲11型を右前方より。
1/144 彩雲11型 偵4


彩雲11型を左前方より。
1/144 彩雲11型 偵4


彩雲11型を左方より。
1/144 彩雲11型 偵4


彩雲11型を左後上方より。
1/144 彩雲11型 偵4


 彩雲11型を右後上方より。
1/144 彩雲11型 偵4



彩雲11型を前方より。
1/144 彩雲11型 偵4


彩雲11型 操縦席。 操縦員は挙手の礼、偵察員は誘導のため前方を凝視しています。
1/144 彩雲11型 偵4


彩雲11型 後席付近。電信員席と偵察員席の間にクルシーのアンテナ。
1/144 彩雲11型 偵4